センターパートで隠すのをやめたら楽になった
田中さんは、30歳を過ぎた頃から、自分の頭のてっぺんをいつも気にしていた。遺伝だと諦めてはいたが、日に日に薄くなる頭頂部を隠すため、彼の朝は戦いだった。サイドの髪を長く伸ばし、なんとか中央に寄せ集め、ハードスプレーでがっちりと固める。その不自然な髪型は、まるで脆弱な要塞のようだった。少しでも風が吹けば崩れ落ち、雨の日は絶望的な気分で一日を過ごした。彼は、髪を隠すことで、自分自身の心にも分厚い壁を築いていたのだ。ある日、彼は疲れ果ててしまった。もう、この隠し続ける人生は嫌だ。何かに突き動かされるように、彼は評判の美容室のドアを叩いた。そして、震える声で言った。「もう、隠すのはやめたいんです」。ベテランの美容師は、彼の言葉を静かに受け止め、一つの提案をした。「それなら、センターパートにしましょう。隠すのではなく、見せることで、あなたの魅力はもっと輝きますよ」。田中さんは、その言葉を信じることにした。カットが終わり、鏡に映った自分の姿は、驚くほどすっきりとしていた。確かに、頭頂部の薄さは以前より見える。しかし、トップに与えられた絶妙なボリュームと、顔周りの自然な毛流れが、清潔感と知的な雰囲気を醸し出していた。コンプレックスだった部分が、不思議と気にならない。むしろ、ありのままの自分を受け入れたような、清々しい気持ちだった。その日を境に、田中さんの世界は変わった。朝のスタイリング時間は激減し、風の強い日も笑顔で歩けるようになった。髪を気にすることがなくなった分、仕事にも集中でき、人と話す時も自信を持って相手の目を見られるようになった。彼が手に入れたのは、単なる新しい髪型ではなかった。それは、自分自身を偽るのをやめ、ありのままの自分を愛せるようになった、心の解放だった。